私の中で「グリーンハウス」と共に燃え尽きた女（ひと）
かつて、あの淀川長治をして、東北一と言わしめた映画館「グリーンハウス」で、アメリカン・ニューシネマの洗礼を受けた私にとっては、初めての素敵な脇役と言えるのが、「真夜中のカーボーイ」で、男娼になる夢を抱いて田舎から出てきたジョン・ボイトが、やっとこ見つけた「お客さん」役のブレンダ・ヴァッカロでした。
清楚な美人タイプと言うより、少しふっくら気味の顔（ これが、後々、私を絶望の淵に追いやる伏線だったなんて・・・）に、アイシャドウばっちり、いろんなことして遊んでそうなコケティシュな魅力に溢れている彼女は、いかにも、あの時代のサイケパーティに現れる、中流の女って感じがして輝いていたのです。
私にとってのブレンダの存在は、世間知らずのボイトから、逆に金をせびり取る年増の娼婦や、アパートの一室で、怪しい宗教の勧誘をしているオッサンや、映画館でボイトに迫ってくるホモの少年などの衝撃的なニューヨークの裏社会を見せられるより、ずっとずっと、インパクトが強かったのでした。
月日が流れた数年後、未見であることが情け無い「いくたびか美しく燃え」での評価の高さに唇を噛みしめながらも、故郷を捨てた私が、再び愛しのブレンダに出会ったのが、カナダ映画「ウィークエンド」でした。
堂々の主演抜擢でしたが、これが見事なＢ級映画で、週末にスケベ医者に別荘に誘われたブレンダが、途中で絡んできた不良達を巧みなドライビングテクニックを披露して逃げ切ったのも束の間、奴等に別荘をつきとめられ、凄まじいバイオレンスが始まるのです。 運転の腕前でもわかるように、見かけよりずっとタフなブレンダは、襲いかかってくる奴等を次々に返り討ちにするという、いかにものＢ−アクションなのですが、それでも、最後に残ったボス、ドン・ストロードとの死闘は、追い詰められた者の持つ「強さ」をハードに描いていて印象に残りました。
出演者にブレンダの名を見つけ、しばしの苦痛を覚悟の上で挑戦したのが、不治の病と戦い、二十歳でその短い生涯を閉じた女性の姿を描いた「サンシャイン」でした。
鑑賞しましたと口にするのも冷や汗タラタラ、お涙ちょうだいものの作品で、ここでの彼女は、有能なドクター役として出演。 知性派としての一面も見せてくれましたが、立派にひねくれてしまった私にとって、まったくかすりもしない内容の上、予想以上の出番の少なさにも拍子抜け、演技派としてはちょっと寂しいなあ、とせいぜいクールに分析したものでした。
乱発し過ぎで、出演スターの質、脚本のアイデアにおいても、絞りカス状態のエアパニックもの「エアポート７７／バミューダからの脱出」でのブレンダは、すでに、中年女性の域に達していましたが、いくらか往年の面影も残しており、一応、ヒロインとしての鑑賞に耐えられるものでした。 結婚間近の恋人役に、ジャック・レモン爺（ 主演のパイロット役 ）というのは、ちょっと悲しい設定でしたが・・・。
ストーリー的には、海中に沈んでからがクライマックスという苦し紛れの展開も、ついつい、のめり込んでしまうスリルがありましたし、盛りを過ぎたスターの大行進も、ある種のボランティアだと思えば許せるものでした。 出演スターの中では、案外、隠れファンの多いクリストファー・リーが良かったし、その傲慢な妻、リー・グラントもハマリ。 実は獣医なのを隠して、せっせとケガ人の世話をしていたお人好し、Ｍ・エメット・ウォルシュが、しっかり脇を固めていました。
「破壊！」で抜群のセンスをみせたピーター・ハイアムス監督の「カプリコン・１」では、陰謀に巻き込まれ、抹殺されそうになる宇宙飛行士ジェイムズ・ブローリンの気丈で聡明な妻の役を演じましたが、夫を亡くして悲しみにくれていることもあり、お色気度ゼロで、完全にオバサン化したブレンダには、正直ガックリ。
どうやら、私にとってはこの作品が、「おもいで」にしたい彼女との別離となるものだったかも知れません。 いや、結局のところ、今は焼け落ちてしまったあのグリーンハウスで見た、「真夜中のカーボーイ」の中の彼女が忘れられなかっただけのような気もします。
「ロング・ウェイ・ホーム」での、すっかり落ち着いた彼女も悪くなかったけれど、私に中でトキメクものは、すでに消え去っていました。 そして、運命の日のように、それが、失望に変わったのが、「刑事コロンボ」の新シリーズ「マリブビーチ殺人事件」での、彼女を見てしまった時なのです。 犯人役でもなく、出番も少ないので、いっそ、見逃してしまえば幸せだったのにと思ったほど、ひたすら肥えて、肩が盛り上がり、首のないブレンダの変わり果てた姿に、呆然とした私でした。
自主的に授業をとりやめ、銀幕に映し出される様々な人間模様をおかずに、弁当をたいらげたこともあった、思い出の「グリーンハウス」では、もう二度と映画を見ることができないように、私にとってのブレンダ・ヴァッカロもまた、帰り来ぬ忘却の彼方へと消え去ってしまったのでした。
などと感傷にひたっている私に追い討ちをかけるように、ピーター・フォークが刑務所帰りのマフィアのボスを演じた「私のパパはマフィアの首領」でも、豪快に太ったフォークの妻の役で出演。 開き直ったように、性悪な中年女のイヤらしさをこれでもかと演じ、普通のオバサンがハマリのダイアン・ウィースト（ フォークの愛人役）が、女らしく思えるほど、とことん私の夢を打ち砕いてくれました。
最後に、何本か出演したＴＶ映画の中で、唯一、押さえている、ジョージ・ペパードの「探偵バナチェック／消えた１０人の皇帝」では、意外に、チャーミングなところも見せて、まだまだ、少年の夢をつなぎ止めていてくれたことをお伝えして終りにします。